先日、学生時代の友人K男から電話がかかってきた。
「オレ、実は鬱病になってしまったんだよ」
「エッ、一体どうしたの?」
「仕事とか家庭とか、いろいろあってね。医者にかかっているんだけど若い精神科医で、悩みを打ち明けも面倒くさそうにされて、会話はすぐ終わるし、『薬を出しますから様子を見ましょう』と言うだけ。そんな医者が信じられなくなったんだ。眠れなくって、そのうち自殺願望まで出てきて……。本屋さんでユカの伯父さんの本を見つけたんだけど、茂太さんに診察してもらいたいんだよ」
「ごめん、伯父は三年前の十一月に亡くなったの」
「エッ、亡くなったの?」
伯父の死を知って、さらに鬱病が酷くなってはいけないと焦りまくる私。
「あっ、でも伯父の次男の章二が斎藤病院を継いでいて、院長なの。父も『章二はいい医者だ』と言っているよ。斎藤家は明治時代から代々精神科医をやっていて、府中に病院があるんだけど、どうする?」
「府中なら近いから行くよ。何よりも歴史がある病院は安心だからね」
K男は通院を始めてからすっかり元気になり、私の会社まで昼休み中に挨拶にきてくれたが、手首にはリストカットの痕があった!
一体、何が彼をそこまで追い込んでしまったのか。
別れ際に、「じゃあ、元気で頑張ってね!」と手を振った瞬間、気づいた。
「あっ、ごめん。鬱病の人に『頑張ってね』と言ってはいけないんだよね。私は昔、『パパは家に引きこもってばかりいるから鬱病になるんだよ。もっと外に出て散歩しなきゃダメ!』と励ましてばかりいたけど、それが父の症状を悪化させたのかもしれない(笑)」
「大丈夫だよ。信頼関係がある人から『頑張って』と言われるのは嬉しいから。じゃあ、ユカも元気でね」
K男が元気な姿で帰っていったので安心する。
私が小さい頃は、父が「今、鬱病で原稿が書けないんです」と言っても、編集者の方々は誰もそんな病気を知らなかった。
一体、いつの間にこんなに鬱病が増えたのか?
従兄の章二に、K男の診察のお礼かたがた、鬱病について聞いてみる。
「鬱病を一言で説明するのは難しいですが、失恋やリストラ、事件、事故、環境や対人ストレスなどによって落ち込んだり、体調を崩すのは、すべて『鬱状態』。そこから程度や持続が強くて専門の治療を受けなければならぬレベルまで達したものを『鬱病』と考えるのと分かり易いです。そうした本格的な感情障害で治療を要するものの中では、『鬱状態』のみを呈する場合を『鬱病』、『躁状態』も伴うものを『躁鬱病』、最近では双極性障害と言いますが、伯父上のはこれです」
父のかつてのドタバタぶりを思い出して、思わず笑ってしまった。でも、章二は真面目にこう続けた。
「この十年間、日本では毎年三万人以上の方が自殺する状況が続いています。中高年の男性に多く、健康への不安も要因のひとつですが、もっとも関係しているのが日本の経済状態です。これが多くの職場で鬱病や自殺が問題になっている所以なのだけれど、『ゆとりを持って』と一言で言っても、現実には『頑張らざるを得ない状況』から簡単には方向転換できないから事態は深刻です。由香は『我が国において、鬱病・躁鬱病をもっともよく観察した人』の一人ですから、その体験は貴重ですよ」
高度成長時代に「鬱病」なんて言ったら、誰にも理解されなかったし、文壇でも仲間外れになる。それでもあえて父は自らの躁鬱病を告白した。「世間からどんなにヘンテコリンな作家と思われてもいい」という強い意志を感じる。躁鬱病でジェットコースターのような生活をしても、呆けずに八十一歳になった。
人間は心を患っても元気で生きていける。私は「鬱病とはうまく付き合えばそんなに恐れることはない」というメッセージを、父を通して伝えたい。
週刊新潮 平成21年1月22日号
祖父は歌人・精神科医である斎藤茂吉、父は作家・精神科医の北杜夫、伯父は精神科医・斎藤茂太。
サントリー(株)健康食品事業部勤務。
「週刊新潮」で「トホホな朝 ウフフの夜」を連載中。
著書に『窓際OLトホホな朝ウフフの夜』『窓際OL会社はいつも
てんやわんや』『窓際OL親と上司は選べない』(ともに新潮文庫)、『モタ先生と窓際OLの人づきあいがラクになる本』(集英社)、歌人・斎藤茂吉の妻であり、祖母・輝子の生涯をまとめた、『猛女とよばれた淑女』(新潮社)、父・北杜夫との対談集『パパは楽しい躁うつ病』(朝日新聞出版)がある。